1.失われた「インテリジエンス能力」を復活させる

  インテリジェンスの基本は、全体を眺める能力と言える。 インテリジェンス力は情報収集能力と情報分析力、そして状況と分析結果の表現力(報告力)ということになる。いずれにせよ、基本的に必要な能力は、時間と空間(場所)の全体図を眺めることができる力といえる。

  この全体を眺める能力は、時間においては「今」、場所においては自分の居場所「ここ」を軸として生きており、それを軸として眺めることを文化の基本としている日本人には、身につけることが中々に難しいものとなっている。 このことは、何かを作り上げる時に、我々は部分から作り始めるのが一般的であり、アーキテクチャーと呼ばれる全体の構造設計を苦手とすることにも現れている。例えば、マイクロプロセサのアーキテクチャーは描けないが、その部分である半導体メモリーの改良はお手のもの、というようなところにも現れている。

   また、例えば発明の権利を要求する特許仕様書(明細書)においても、その発明が全体の中でどこに位置しているのかを明らかにしないまま突然、発明そのものの説明から始める、なんて事にも現れている。 全体の中の位置を確認することがインテリジェンスとすれば、それに基づく策、すなわち戦略はその全体の中でいかに勝利するかを考え定めるものとなる。

  日本では、政府から企業まで、「戦略」という言葉が大好きで、そこら中に溢れているが、本当に「戦略」という名に値するものが少ないのは、全体把握の必要性が理解されていないことによるのだろう。この 30年、国家の経営を担う人々から企業の経営を担う人々まで、そして民衆まで、日本を挙げての知性の劣化は、インテリジェンス力の劣化の裏返しでもある。

  状況の把握を怠れば、考えなければならない課題も出てこない。課題がでてこなければ、対策を考える必要も無い。対策が考え出されなければ行動も、そこには無い。国を挙げて、焦点の定まらぬうつろな目をして、口を半開きにしてボーとしている顔つきになってしまう。

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ーヴェネチアは、インテリジェンスの手本ー

  この素晴らしい本(海の都物語:塩野七生)のおかげで、ヴェネチアという小さい国の大きな存在、大航海時代がはじまる前までの地中海の女王の姿が「全部」わかる。この小さな 国の豊かな国力は地中海を舞台にしての貿易、地中海の先は遠くインドや中国との交易 品の扱いによる。その地中海ナンバーワンの貿易を可能にしたのは、巧みな外交政策であり、 その外交を可能にしたのは、各地の状況をリアルタイムで把握するインテリジェンスであった。

  この本によると、ヴェネチアから各国に派遣されていた大使からの「レポート」の客観性(感情を交えず冷静に観察する)と正確度は当時の世界水準をはるかに超えるものであったらしい。ヴェネチアはどのようにして当時、世界最高水準のインテリジェンスを持つことができたのだ ろうか。一番の要因は、宗教的感情で目が曇ることがなかったことにあるだろう。キリスト教国ではあったがイスラムの国々と貿易するのに躊躇することはなかったし、それ以上に、宗教の違いで人を色眼鏡でみることがなかったようだ。

  この宗教差別なし、人種差別なしの姿勢は、もちろん商業第一の功利から出ているのは間違いないにしても、根底にはもっと別の、それを当たり前とする文化あるいは普遍的な感情があったのではないだろうか。それは、一言でいえば、ギリシャ・ローマ文明から続く地中海文明によるものではないか。すなわち、宗教と人種と文化の多様性を当然の事実として受け止める普遍的感情が地中海世界では受け継がれて来ていたからではなかろうか。

  世界には様々な背景を持った人間がたくさん居る。ということを前提(当たり前)として、世界を見る眼と、多様性を理解できない、すなわち多様性に出会う機会が少ない地域に育った人の眼とでは、物事の正確な把握と報告において、格段の差が生まれるのではないか。 更にインテリジェンスには「勤勉」という要素が欠かせない。貿易で生きてきたヴェネチア人が勤勉であったことはまちがいない。人口の少ない国だから、「全員出動」で誰もが自分の能力に見合う仕事をわっせわっせとこなしていた。

  ともあれ、ヴェネチアのインテリジェンスは、色眼鏡を掛けないで状況を観察し、感情をできるだけ混ぜないで枯れた筆致で報告する重要性をしめしてくれている。インテリジェンスの最初の作業は情報の収集、そして、その次に来るのが、その情報がホンマものかどうかを判定する作業となる。(IPMA 名誉会員 篠原泰正の原稿を引用)

  先人たちは、自ら情報を「収集・分析・解析」し、それを元に新たな情報を創造して自分の仕事に生かしてきた。情報が膨大になっている現代でも、そのことは変わらない筈だ。 幸いにして、自分に関心ある情報を個人で入手する強力な手段が発達し、誰でもが、 どこからでも全世界の関心情報が入手できる環境にある。

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