編集後記

アメリカのトランプ大統領が“今はかつてないほど金持ちになるチャンスである“と吠えている。これは明らかに格差社会を生み出す仕組みである。

アメリカ型の経済システム(資本経済)を、ただそのまま受け入れているだけでは日本の強みを生かした経済再生は成り立たないと思う。日本経済を支える力は「物つくり」にある。アメリカ経済の支えは「カネつくり」である。「モノつくり」は、夢への挑戦で、ウエットな共生の世界である。「カネつくり」は、1か0の戦いで、ドライな過酷な世界である。

余計なことだが、トランプさんが吠えているアメリカ製造業の復活は難しいであろう。Ⅲ、なぜ、アメリカの製造業が衰退したのか、この稿で久里谷(故人)さんが述べられていることは未だに変わっていないと思っている。

これも余計なことかもしれないが、いまアメリカでは優秀な人材が、排除されているようだ。日本に好感を持っている外国人は多いと思う。日本は優秀な人材を受け入れるチャンスを迎えている。日本の大学や研究機関など、日本の頭脳集団に彼らを受け入れる体制づくりを積極的に進めてはどうかな?

「これからの世界はどうなるのか、どうする日本?」この問いに答えることはできないが、現情を予見していた学者がいたことを、篠原さんがブログで取り挙げていた。

篠原ブログ(62):西洋の没落:強欲の果てに

ドイツの歴史哲学者であるオズワルド・シュペングラー(Oswald Spengler)が1918年に「西洋の没落(The Decline of the West)」を表わしてから今年で90年になる。以降、何度も西洋の没落はささやかれたり語られたりしてきたが、西洋による世界支配という基本構図は変わっていない。

しかし、どうやら、今度こそ、西洋の没落は起こりそうである。ただ、問題は、西洋の没落が同時に地球の没落を意味しそうなところにある。地球丸ごとが彼らに引きずられて奈落の底に落ち込みそうなところに、厄介な、そして残念なポイントがある。

最大の問題は、自然物すべては人間のためにある、という厄介な考え方にある。これが、今われわれの前に広がりつつある地球崩壊の元凶なのだ。

われわれ日本人もこの150年、西洋のお仲間に入って「近代工業化文明」という名のお祭りに参加してきたので、地球を壊した点では同罪だから強いことは言えないが、西洋流の考えを捨てて日本流を前面に出せば、まだせめてもの罪滅ぼしができる余地がある。

日本人の考え方の中には、西洋を真似しての150年の間に随分と壊れてしまったが、まだ自然の恵みを「節度」をもって利用させていただくという軸が残っているはずだ。

日本人の心の中に、まだ自分が必要とする以上をむさぼるのは「強欲」である。という心が残っているはずだ。そして、この心こそ地球の非常事態に立ち向かうもっとも有効な武器となると思う。西洋にはこの心が無いから、放っておくと、彼らは最後の日まで「強欲-英語でgreedという」の饗宴を広げるだろう。(2008/09/03 篠原泰正)

2025年5月25日、兵庫県宝塚市にある「手塚治虫記念館」に行った。その時に購入した書籍、「ガラスの地球を救え」の中で地球の非常事態が訴えられていた。

『地球は今、息も絶え絶えの星になってしまいました。いったい、いつの間にこんな事態に陥ってしまったのでしょうか。人類はどこで針路を誤ったのでしょう』(原文引用)

▽ガラスの地球を救え 二十一世紀の子供達へ光文社知恵の森文庫1996年9月20日初版 『マンガの中で未来社会をずいぶん描いてきましたが、それは僕の中の”自然“が土壌となって、宇宙の彼方にも飛んでいく、あるいは小さな虫の中にも入り込んでいく創造力をはぐくんでくれたからこそだと考えています』(原文引用)

『自然がぼくにマンガを描かせた/地球は死にかかっている/科学の進歩は何のためか/子供の未来を奪うな/ぼくは戦争を忘れない/情報の洪水に流されるな/何が必要な情報か/異文化との衝突/人間の欲望/IFの発想』(目次から抜粋)

自然、生態系を無視した経済成長は、いずれ行き詰まり、このままでは地球の温暖化は止まらず次世代に残せるのは「負債」しかない。自然を破壊し続ける「資本(マネー)経済」一辺倒から「倫理(モラル)経済へのソフトランディングは難しいそうだ。さあ、どうすれば良い?( 2025年7月8日 はつめいくん)