Ⅶ、日本人としての誇り、「アイデンティティ」を失うな

1、「日本語」と「オープンイングルシュ」との共存は可能

世界の人々へ、世界の共通分野での「物・事・考え」を伝えようとするなら、論理的に筋道つけて説明しないと理解を得ることは難しい。つまり世界の中で、それなりの役割を果たすためには、「面倒だけれど」論理的であらねば、という必要性を理解して欲しい。しかし一方では、日本人としての「アイデンティティ」を失ってはいけないことを強く訴えておきたい。

誤解されると困るが、論理性と「人間としての正しさ」は必ずしもイコールではない。論理的にものごとを考え、表現する根元の所に、「人間としての正しい心」がなければ、論理的に怪しげなシステムを考え出し、論理的にとんでもない戦略を立案し、論理的に嘘をつく行いが横行することにもなる。論理的思考と表現能力を身につけることは、人間としての品質が向上することを必ずしも意味しない。

第3章で述べてきたが、英語は対立の図式で表せる文化の下にある言語であるとも言える。従って英語で事実報告や考え方や分析された英語情報を受け取る(主に読む)、英語で表現する、英語で討議するという場合には、英語力が高くなればなるほど、英語を母国語とする人の、この対立の図式の基で、思考や分析、議論を行うことに繋がる。これは、日本人としてのアイデンティティや、企業や国という団体の利益保持という面からは、極めて望ましくないと考えている。

実際のところ、英語およびその背景の文化にあるこの対立の図式が、今日の世界における様々な摩擦の原因の一つになっていると言える。しかしグローバルな環境で、英語で戦う戦士たちが、深い経験を積み、日本人であることを忘れなければ、そこから初めて、われわれの、日本式の生き方を、英語を使って表現していく場面が見られるようになると考えている。そのように期待をしている。

日本人としてのアイデンティティは見失うな、まず日本語を身につけろ、そして世界への対応が可能な英語力を身に付け、数段伸ばせ、と相反することを要求することになるが、それは日本人として克服しなければならい大切な事項と考えている。